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『剣遊記W』

第五章 嗚呼、女戦士哀史。

     (12)

「おっ 友美の登場やな☆」

 

 孝治の言葉どおり。舞台では急きょ店員たちによって小道具が置き換えられ、こじんまりとした雰囲気の様式に変えられていた。

 

 それに合わせて、沖台の照明が漫才専用だった白色から、淡くてしっとりとした感じの紫色に変更。すべての準備が整ったところで、舞台の袖から右手にマイクを持っている友美が登場した。

 

 舞台に立つ友美の服装は、全体が赤紫に統一されているドレス姿だった。また、友美に続いて舞台に上がった黒衣姿の青年は、腕に日本ではまだまだ珍しい弦楽器――ギターをかかえていた。

 

 つまり裕志が、友美の伴奏役というわけ。

 

 このふたりが舞台に出そろうと、先ほどの漫才とは違う意味での盛大な拍手が沸き起こった。その拍手が静まってから、裕志がギターの演奏を開始。友美が歌を歌い始めた。

 

 深酒で銘酊状態にある者でさえ、友美の歌唱に聞き惚れていた。もちろん孝治と涼子も、その例外ではなかった。

 

『いい歌やねぇ♪ 友美ちゃんがあげん歌が上手やったなんち、あたしちっとも知らんかったっちゃね☜ 孝治は知っちょったと?』

 

「まあ、一応知っちょたけどね♥」

 

 涼子に言われて、孝治は思い出した。友美とふたりで、旅に出ていたときの思い出を。それは友美が奏でる鼻歌に、なんとも言えない魅力を感じた記憶。

 

「そんときはあんまし意識せんかったけど、いい歌っちゅうのはわかっとったけねぇ♡ それが今は裕志のギターといっしょやけ、よけいにうまく聴こえるんかも♐♡」

 

『そんだけぇ? あっきれたぁ☠ もっとお付き合い長かとでしょ☁』

 

「なんと言われてもしょーがなかっちゃよ☻ それ以外に友美の歌ば聴くことっち、そげんなかとやけ✍」

 

 横目の涼子に、孝治は口答えで返してやった。しかし思い起こしてみれば、孝治は本当にきょうのきょうまで、友美の歌を真正面から聴いた覚えがなかったりもする。

 

 これはいつも身近にいる者ほど、実は多くの謎を秘めているもの――と言えるであろうか。孝治はたった今、その事実を改めて認識した。

 

『歌っち言えば、この前未来亭に入った真岐子ちゃん★ 今も頑張っとんやろっか?』

 

「ああ、真岐子ちゃんけ☀」

 

 ここで話題を変えた涼子に、孝治も即座で反応した。涼子が名前を出した『真岐子』とは、先月未来亭に仲間入りをした吟遊詩人志望のラミア{半蛇人}の女の子――田野浦真岐子{たのうら まきこ}である。

 

「あの子やったら、給仕係しながら店の演芸タイムに舞台で歌いようばい♡ けっこうお客さんからのウケもええみたいやし♡」

 

 孝治は「ふふん♡」と含み笑いしながら、真岐子の仕事ぶりを思い浮かべた。かなり目立つトンボメガネが特徴の娘だが、一応真面目に業務に精を出している、その姿を。ただ、店内で転んだりお客さんにコップの水をぶっかけたりと、ドジな面が玉に瑕{きず}ではあるけれど。

 

『ねえ☀ これが終わって未来亭に帰ったら、友美ちゃんの歌ば、店長に推薦したらどうやろっか? 歌手の二本立てができて、きっと店も大繁盛するっち思うっちゃけ✌』

 

「なるほどねぇ〜〜✎」

 

 涼子の突飛な発案であるが、それも悪くない話っちゃねぇ――と、孝治は考えた。

 

 あの黒崎店長であれば、たとえ冗談半分であっても、けっこう真面目に提案を聞いてくれるもの。だからこの話、意外と脈があるかもしれない。

 

 しかし、現在はどうしても避けて通れない、大きな難関があった。

 

「でもそん前に、こっから早よ逃げ出さないけんけねぇ……☠」

 

『そやったねぇ……☠』

 

 急に現実へと立ち返った孝治に応じるかのように、またもお邪魔虫の登場と相成った。

 

「おまんねぇ、いつまでこんなとこでサボってるおつもり!」

 

「うわっち!」

 

 例の(カマッ気)監督官である。そいつがいきなり孝治のウサギ耳を右手でつかみ、グイッと自分の顔前まで持ち上げてくれた。

 

 なよなよとした口調に似合わず、意外な腕力の持ち主でもあった。

 

「休憩時間はお終いぜよ! さっさとお酒をお運びしなさい!」

 

「うわっち! へいへい、わっかりましたぁ♨」

 

 不意を突かれて一瞬度肝を抜かれながらも、孝治は横柄な態度で応じてやった。

 

「返事は一回でいいのよ!」

 

 それでもやはり、どこまでも中性的な監督官であった。孝治はこのとき、心の奥で、あるひとつの誓いを立てた。

 

(こっから逃げるときは、こいつば真っ先にしばき倒しちゃるけね!)


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