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『剣遊記W』

第五章 嗚呼、女戦士哀史。

     (11)

 涼子の声で、孝治も気がついた。

 

 舞台に顔を向けると、店内の照明が暗く落とされ、中央にスポットライトが当てられていた。

 

 どうやら演芸タイムの始まりのようだ。

 

「和秀さんも頑張りようっちゃね♡」

 

 孝治は照明係にも瞳を向けた。舞台に照明を当てる係は、やはり囚われの身となっている沖台なのであるから。

 

 やがて店内全体が完全に暗くなるのと同時に、客席から盛大な拍手が沸き起こった。

 

「うわっち! まずか☠」

 

 自分が座っている場所にまで照明が当たりそうになったので、孝治は急いで、舞台横から退散した。もちろん(誰からも見えない)涼子も。なにしろサボっている現場をもろに見られたら、またあとでなにを言われるか、わかったものではないので。

 

 このすぐあと、舞台の脇から店専属である漫才コンビが、颯爽と登場。

 

「ゆおーーっし! 毎度おなじみの和志どえーーっす☀」

 

「わいは光一郎なんやでぇーーっ☀」

 

 なんと、荒生田と沢見が組んでの漫才である。

 

 両名とも、そろいの白地で赤い縦縞模様の背広を着用。襟元にはドデかくて、真っ赤な蝶ネクタイで決めていた。

 

 ちなみに荒生田の商標登録である、黒のサングラスはそのまんま。

 

 服装はとにかく、ふたりのイカれた調子が、なんだかとてもよく似合っている気がした。この思いは、孝治の嫌味めいた実感であろうか。

 

 しばらくして客席からの拍手も静まり、荒生田・沢見の漫才の、始まり始まりぃ!

 

「ねえ♡ ちょっと光ちゃん、聞いてくれんね✌」

 

「はい☆ なんやねん✍」

 

「子供の成長ってのは、ずいぶん早いもんやねぇ☝」

 

「そりゃそうでんがな☀」

 

「ついこの間まで、ボクの膝小僧くらいしかなかった近所の坊主が、今やボクを飛び越えて、三階建ての身長なんやからねぇ☝」

 

「んな、アホなぁ☆★」

 

 客席から爆笑の代わりに、小瓶や座布団が飛んできた。

 

「つまらんきにぃーーっ!」

 

「なんちゃ〜じゃないこと言いなぁ!」

 

「引っ込めぇーーっ!」

 

 孝治も文句を垂れる客のほうに同感した。

 

「あかん! なんちゅうお寒いギャグなんやろっか☃」

 

『あんふたり、息はピッタリっち思うとやけどぉ……もうちょっと脚本ば練ったほうがよかっちゃね☂』

 

 涼子も的確といえる指摘をつぶやいた。これって意外なところで、涼子は鋭い批評眼を備えているのかも。

 

 けっきょく前座だけを務めて、荒生田と沢見が、あえなく退場。引き続き、第二幕が始まった。


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