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『剣遊記番外編U』

第四章 魔剣VSアンデッド軍団!

     (10)

「や、やめえーーっ!!」

 

 伊奈不が左右の手で両耳を抑え、甲高い悲鳴を上げた。

 

 その横では麻司岩と脛駆のふたりが、口から泡を噴いてぶっ倒れていた。

 

 この御三方、いずれも二島のあまりにも長い長広舌の毒気に、完全に当てられたようなのだ。

 

 もっとも、最初の一発でKOされた軟弱極まる戦士ふたりと比べたら、伊奈不は充分に持ち堪えたほうだった。しかしその耐久力が、かえって仇{あだ}となってもいた。

 

「わ、わいの脳波がおかしゅうなってしまうでぇ〜〜っ☠☢☸☆♅♨♞♛☎!」

 

 それは先に倒れたふたりよりもさらに長い時間、伊奈不自身を毒気に晒す結果となったからだ。

 

「ぐ、ぐう……お、おっそろしいやちゅや……☜☝☞☟」

 

 けっきょく精神力のほうが限界に達したらしい。伊奈不はそのまま白目を剥いて、床の上に仰向けでバタリと転倒。見事な昏睡状態となった。ところがあれほどの長い時間、無駄で中身が無く、おまけに横道それまくりのおしゃべりを続けた二島自身には、ちっともノドに嗄れている様子がなかった。

 

「どうやら片付きましたわ、板堰殿♡」

 

 これまたいつもとまったく変わらない平然とした仕草で、板堰と千恵利のほうに振り向くだけ。さらにまたふたりのほうも、後ろ手に縛っていた紐を、とっくにほどき終わっていた。

 

「ああ、こっちもなんとかなったけのー♥」

 

 エルフの吟遊詩人が超長い無駄話を披露していた間に、板堰と千恵利は背後の壁でこすって、無理矢理に紐を引きちぎっていたのだ。

 

 それがたった今完了したわけ。

 

「でも、ほんま凄かったわぁ〜〜っ☆」

 

 戒めから解放されたばかりだというのに千恵利の関心は、早くも二島の超長広舌のほうに向けられていた。

 

「ようあんだけ無意味で内容がのうて、しかもなんの繋がりもあらへん脈絡の無い話を続けられるもんやなぁ〜〜ってね♋ こりゃまともに聞いとったこの三人が目ぇ回したんも無理ないわ☠ 歌や音楽に魔力を込める吟遊詩人の話は知っとったんやけど、おしゃべりで敵をどつく吟遊詩人やなんて、あたしの長い人生……いんや剣生かいな? とにかく初めてやで☆」

 

「お誉めに授かり光栄でんなぁ♡ まあ、このような者たちなど、剣で戦って倒すほどの値打ちもありまへんからなぁ♠」

 

 ここで二島が気取ったつもりか。盛んに自分を盛り立ててくれる千恵利に、深々と紳士のような頭の下げ方をした。すると千恵利もすぐに、明るく同調の返事を戻した。

 

「あたしかてこんな連中斬ったら、変に錆びるだけ損やわぁ☠☀」

 

「なっ、わしが言うたとおりじゃろうが♠」

 

 紐の切れ端を床にポイ捨てしながら立ち上がる板堰も、『それ見たことじゃろ✌』の顔付きのつもり。

 

「あんたがおらびよう間、とにかくなんでもええけ、頭ん中で必死に別んこと考え続けろってな✊ 記憶にある昔の物語を朗読するんも良し♾ 知っとう人ん名を思いっきり全部思い出し続けるんも良しって風にじゃけのー♥」

 

「なるほどぉ、私がお話を続けている間に、おふたりはそのような対抗策を取っていらっしゃったんですな♡ 正直、ぶっつけ本番で始めてしまいましたので、私はおふたり様を巻き込む結果にはならへんやろっかと、実は内心で心配しておったのですが……それはまったくの杞憂でございましたなぁ♡」

 

 先ほどまでとは逆で、今度は感心の顔となった二島に、板堰は半分含み笑いの思いでいた。

 

「わしゃあ、あんたと初めて会{お}うたときから、ずっとそれで鍛えられとったけのー♥ 精神面でけっこう成長した自信があるけんのー★」

 

「これはまた、お誉めに授かり恐縮いたしまんがな♡」

 

 二島が再度頭を下げたところで、千恵利が殿方ふたりに言った。床を右手で指差しながらで。

 

「それはええんやけどなぁ⚇⚉ ここに転がっとう悪人ども、どないしよ?」

 

「そうでんなぁ……⚖」

 

 尋ねられた二島が、一応考える素振りのように頭を右にひねった。反対に板堰のほうは、即断的でいた。

 

「よっしゃ♡ 今んうちにふん縛っとこうかいのぉ⚗ こいつらを衛兵隊に突き出して、わしらの無実を証明させてやるんじゃ☆」

 

「なるほど☆ それが真にご賢明なご判断でしょうなぁ♪」

 

 二島も簡単に賛同。とにかく、この元先輩ふたり組こそ、板堰にとって、すべての諸悪の元凶なのだ。だからこそ衛兵隊に捕まえさせることによって、体の良い手切れのチャンスとなるであろう。

 

「そないなことでしたら、この私もお手伝いいたしまんがな♡ ところで縛るには紐が足らへんようなんですがぁ……☢」

 

「紐やったら、このあたしに任せてぇなぁ♡」

 

 三人を雁字搦めにする紐を探すため、二島が炭焼き小屋の中を物色しようとしたときだった(板堰と千恵利を縛っていた紐は、今はバラバラなので使えない)。千恵利が得意そうな顔をして言った。

 

 それからパチッと、右手の指を一回鳴らす。するとなにもない空中から、かなり丈夫そうな茶色の紐――ではなくロープ(革製のようである)が三本。ピョンと飛び出した。そのロープがポタンと、板堰と二島の足元に落ちる。

 

「おわぁ! なんじゃあ!」

 

「おおっ! これぞまさしく奇跡でんがな☆☆」

 

 柄{がら}にもなく驚きの声を上げるふたり(板堰と二島)に向かって、千恵利が鼻高々にしていた。

 

「おふたりとも、今さらなんをビックリしとんのや? このあたしは魔神なんやからね♡ そやさかい、無から物質を創り上げるくらい、すっごい朝飯前のことなんやわぁ♡」


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