『剣遊記 閑話休題編V』 第一章 一角{ユニコーン}の新人さん。 (8) 「……っちゅうわけで、きょうからこがんして未来亭で働いてくれる、お名前を……え〜〜っと、ちょっと自己紹介でけんね?」
居並ぶ給仕係たち面々の前で新人をはさんで、両側に店長と秘書が顔をそろえていた。司会進行はいつものとおり、店長秘書である光明勝美{こうみょう かつみ}の役割。だけど彼女自身がまだまだ、新人の名前をよく覚えていない感じ。そんな彼女と新人の右横で、店長である黒崎氏が、ニコヤカそうな笑みを浮かべていた。しかし今のところ発言のひとつもなく、新人の紹介は秘書に任せている感じである。
その勝美からうながされ、新人給仕係がハキハキとした声を上げた。
「あーね、はい、小森江綾香{こもりえ あやか}です♡ よろしくお願いいたします☀ そしてぇ、どうぞ『あーちゃん❤』と呼んでくだしゃい☀ そしてぇ、あーちゃんもいつも自分でこう言ってますのでぇ☺☺」
会場となっている厨房に、くすくすとした軽い笑い声が漂っていた。孝治、友美、涼子の三人で厨房に入ったときは、ちょうどこのようにして、新人本人が名を名乗っている場面だった。
「ちょっと失礼っちゃね☺」
「あら? 孝治くん、今帰ったんぞな?」
新人に注目していた先輩給仕係の皿倉桂{さらくら けい}が、孝治と友美に振り返ってくれた。孝治は桂に訊いてみた。
「真ん前に立っとうのが、今回の新入社員ね?」
「うん、そうぞな☞」
桂も視線を前に戻して、孝治にうなずいた。勝美、新人給仕係――あーちゃんこと綾香、黒崎店長の三人が並んでいる、厨房の東側壁面に瞳を向けて。ちなみに(恒例の黄金パターンではあるが)勝美の身長は、なんと十六センチと九ミリほど。隣りに長身の店長が立っているので、その身長差(以前の問題と言えるかも)が実に際立っていた。そんな店長秘書が綾香と顔を並べていられる理由は、勝美の背中には半透明アゲハチョウ型の羽根があって、それをパタパタさせて宙に浮かんでいるからだ。
今さら言うまでもないが、勝美はピクシー{小妖精}。そんな勝美にうながされた格好で、綾香がペコリと頭を下げた。
「皆さん、あーちゃんと仲良うしてくだしゃいね♡☺」
すぐに居並ぶ一枝由香{いちえだ ゆか}たちからも、同じ挨拶が戻された。
「こちらからもよろしゅうお願いいたしますっちゃね☆ 綾香ちゃん……いいや、もう『あーちゃん』で良かっちゃね♡」
「はい♡ そしてぇ、そんほうがぁ、あーちゃんも気が落ち着きますけぇ☀」
由香の言葉に、綾香が大きくうなずいた。
と、ここまではふつうの会社でもよくある、職場に新入社員が配属される光景であろう(多少、違和感もあったりして)。しかしうしろから初めて綾香と顔合わせをする孝治は、彼女のあまりにも大き過ぎる特徴である一点に、その黒い瞳を奪われきる思いでいた。
「あの子……凄かぁ♋」
しかもその思いは、友美と涼子も同様であった。
「あの子……☝」
友美が右手でそっと、綾香に人差し指を向けた。ある意味これは大変失礼な行為なのだが、状況を考えれば、実は孝治も同じ振る舞いをやりたい思いがしていた。
さらに涼子も言ってくれた。
『あの子……あげな大きい特徴ば持つ人なんち……あたし生まれて死んで初めて見たっちゃよぉ!』
「おれかておんなじばい♋ おれは生まれて初めてだけっちゃけどね✍」
孝治も涼子に応じてやった。それと同時だった。
「うわっち!」
「きゃあーーっ!」
孝治と友美は、厨房の入り口で内部の様子を眺めていた。ところがだんだんと、前のほうに上半身が出過ぎていた。結果、ついにバランスを崩したわけ。
「うわっちぃーーっ!」
ふたりそろって厨房内に、頭からバッターーンと倒れ込む有様になった。 (C)2016 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |