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『剣遊記 閑話休題編V』

第一章  一角{ユニコーン}の新人さん。

     (6)

 小屋から二百メートルほど東へ離れた方向に、中くらいの規模の滝があった。これは福智山を源流とする、小さな河川の上流であろうか。

 

「こげなとこに滝があったなんち、わたし知らんかっらわぁ〜〜

 

 友美は思わずつぶやいた。これは恐らく、地図のほうが調査不足なのであろう。だけどこの程度の地理の新発見であれば、今の時代、それほど珍しい話でもない。

 

 問題はその滝に、すでに先客がいたことなのだ。

 

「やあっ! たあっ! とあーーっ!」

 

 その先客である孝治の気合いの入った掛け声が、早朝の山間に、木霊となって響いていた。

 

 これはいつも孝治の行なっている、剣の自主鍛錬である。しかしきょうに限って、その様相がふだんとは、かなりに異色となっていた。

 

 友美が驚きの声を上げた。

 

「きゃっ! 孝治、なして真っ裸で剣ば振りよんねぇ!」

 

「うわっち! 友美けぇ☻」

 

 友美の声に振り向いた孝治の姿格好は、小屋に衣類も鎧も全部置いてきたとおり、一糸も身にまとっていなかった。まさに言われたとおりである真っ裸スタイルで中型剣を振って、滝の水を右に左に斬り裂いていたのだ。

 

 ところが初めはすなおに驚いたものの、孝治はすぐに、気持ちを素へと切り替えた。

 

「……ま、まあ、友美も涼子も来たんやねぇ 訓練の途中なんやけ、急に声ばかけんとってや

 

 友美もすぐに言い返した。けっこう凄い剣幕で。

 

「そげな問題やなかろうも! なして野外で真っ裸になっとうとね 変な山賊なんかに見られたりしたら、それこそこっちが挑発しようようなもんちゃけねぇ! もしかして、それって自慢?

 

「う〜ん、言われてみたら、そんとおりっちゃねぇ☻」

 

 孝治は改めて、水面に写る自分の裸身を眺め下ろしてみた。流れ落ちる滝の波紋でかなり揺れているのだが、それでも白い姿がくっきりとそこに浮かんでいた。友美が少々嫉妬しているに違いない(?)、けっこう整ったプロポーションでもって。

 

 続いて涼子が、孝治のそばまで寄ってきた。孝治は滝壺近くに立っているから、そこまでは例のごとく、空中浮遊によって――である。

 

『友美ちゃんとおんなしことば訊くんやけど、なして裸んまんまで剣の練習ばしよんね? こげな光景、あたしも初めて見るっちゃけど✎』

 

「なして……っちゅうてもやねぇ☻」

 

 孝治は自分の気持ちを、今度は軽い感じのものに切り替えて、涼子の質問に答えてやった。

 

「ただ裸になったほうがなんとのう、集中力が湧くような気がしたもんやけね そんな気分やろっか✐✑

 

『それってなんか、根拠でもあると?』

 

 これにも孝治は簡単に答えた。

 

「根拠はなか✄ おれの勝手な思い込みっちゃよ♠♤ ただやねぇ……

 

「『ただぁ……?』

 

 友美と涼子の声が、見事にハモった。孝治は構わず続けた。

 

「おれたちっち、これから先もいろんなものば頼って生きていかんといけんとやけど、最後に頼るモンが『戦士の肩書き』だけっちゅうのだけは、なんだかなぁ〜〜っちゅう思いがあるもんやけ、こげんして自分やいろんな人たちば助けられる腕がほしいっちゃね ほんなこつ、それだけっちゃよ✍

 

「う〜ん、それわかるっちゃねぇ

 

 けっこう重く立腹していた友美であったが、今度は軽い感じでうなずいてくれた。

 

『なんかむずかしそうっちゃねぇ?』

 

 一方で涼子は両腕を胸で組み、頭を右に傾げていた。

 

「それよか、あっち見るっちゃよ☞」

 

 孝治は苦笑気分になって、西の方向に右手人差し指を向けた。

 

「でっかい虹が出とうっちゃね これできょうの天気は晴れっちゅうもんやね☀

 

「うわぁ〜〜、ほんなこつ☀」

 

『きれいっちゃねぇ〜〜☆♡』

 

 友美と涼子も、そろって孝治の指差す西の方向に瞳を向けた。遥か先にアーチ型をした虹が、青空にくっきりと七色の色彩を描いていた。

 

 三人(孝治、友美、涼子)はしばしの間、うっとりと華麗なる虹のアーチを眺め続けることとなった。

 

「ぶぁーーっくしょおーーい!!」

 

 あとで孝治の大くしゃみがおまけ。


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