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『剣遊記 閑話休題編V』

第一章  一角{ユニコーン}の新人さん。

     (2)

 小屋のドアに鍵はかかっていなかった。孝治はドアノブを右手でギュッと握って回し、やはり木製であるドアを内部に押し開けた。

 

 小屋は建造をされてから、かなりの年月が経っているようだった。そのためか開けるときにギギィ〜〜っという、あまり気色の良くない音が響いたものだ。

 

 すぐに友美が開いたドアから小屋の中に顔を突っ込んで、キョロキョロと内部を見回した。

 

「まあ、なんやね✍ どこの街道にもようある、わたしら旅人用の夜間のお泊まり小屋っちゃね✎ こげな雨んときは助かるわぁ〜〜♡♡♡」

 

 友美の言う『お泊まり小屋』とは、日本全国の山中にある街道のあちらこちらに設営されている、旅人の緊急宿泊用木造建造物(ほとんどが丸太小屋)である。これは夜間、山中の通行がとても危険な状態となるので、各地の村や町などの自治体が自発的に、冒険者救済のために用意しているサービスのひとつなのだ。実際に夜は山賊や怪物などが徘徊する世界でもあるのだし。

 

「ほんなこつ、グッドタイミングっちゃねぇ

 

 説明終了。孝治も友美に続いて中へと入り、それから無性にうれしい気分となった。その理由は小屋に先客がいなかったのだ。おかげで孝治は心底から、ほっとした気持ちになったわけ。

 

「他に誰もおらんようやし、おれたちだけで貸し切りっちゅうわけっちゃね♡ きっと空ん上から神様がおれたちが困っちょうとこば見て、救いの手ば出してくれたんやねぇ☺☺

 

 孝治の『ほっとした気持ち』も、次のような事情による。このようなお泊まり小屋は、あくまでも公共物である。従って見ず知らずの他人との相部屋も、ある意味仕方のない場合がけっこう多い。

 

 赤の他人との一夜だけとは言え、同じ屋根の下での境の無い同居宿泊。これはこれで、なかなかに要らぬ神経を消費するシチュエーションでもある。

 

「とにかく他人に気ぃ遣わんで寝られるだけでも、これは大きなラッキーっちゃねぇ✌ 早よ火ば点けて、今夜は早よ寝るっちゃよ

 

「う〜ん、そうっちゃね♪」

 

 友美も孝治に同意するような顔をしてくれた。早速ふたりで小屋に備え付けとなっている暖炉に、これも用意済みであった薪を何本か投げ入れた。

 

 暖房用の薪の用意まであるのだから、まさしくなにからなにまで、サービス満点なお泊まり小屋制度である。

 

 それから友美が小声で呪文を唱え、両手の手の平を暖炉の前にかざした。そのとたん、薪が自然発火のようにして、バッと暖炉の中いっぱいに燃え広がった。


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