『剣遊記 閑話休題編V』 第一章 一角{ユニコーン}の新人さん。 (1) 「うわっちぃーーっ! すっごい雨っちゃねぇ☢ これじゃ鎧の中もなんもかもびしょ濡ればぁーーい☂」
『あたしはいっちょん平気っちゃけどね☻』
若き戦士――鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}は現在、とある山道の途中にて、突然降り始めたゲリラ豪雨の洗礼を受けていた。そんな孝治にからかいのセリフを献上してくれる者――幽霊娘の曽根涼子{そね りょうこ}が、あからさまに言ってくれたものである。
『あたしはいくら濡れたかて、もう絶対風邪引かん特権があるとやけ、もっと降っても良かっちゃけどねぇ☺ これは孝治もうらやましかろ♥ もう完ぺき濡れネズミばいねぇ☻』
「しゃーーしぃーーったい!」
孝治は全身、言われたとおりの濡れネズミになりながら、頭上の涼子に向けて、大声で叫び返してやった。雨粒が直接、顔面に当たるけど。
「そりゃどげなでっかい雨かて涼子の幽体ば素通りするとやけ、雨が降ろうが槍が降ろうがいっちょも平気やろうけど、おれたちゃ生きちょるんやけ、こげな急なゲリラ豪雨んときゃ、もう両手ば上げて逃げ回るしかできんとやけね♨ そこんとこよう考えちゃってや♨☹」
『はいはいって☕』
それでも涼子は、あっけらかんとしたもの。自分の体――つまり幽体を、孝治の頭上でプカプカと浮遊させているのだが、もちろん傘の役目など果たせるはずがない。ただ、真下にいる軽装鎧で身を固めた孝治のズブ濡れ戦士姿を、楽しそうに上から眺めているだけ。そんな態度を、先ほどからずっと通し続けていた。
その振る舞いがまた、孝治の癪に、嫌過ぎるほど障りまくるわけ。
「見てん! あっちんほうに小屋みたいなんが見えるっちゃよ☞」
現在の道中にはもちろん、孝治と涼子に加えて、最重要登場人物も顔をそろえていた。孝治の積年のパートナーで、魔術師の浅生友美{あそう ともみ}である。
その友美がやはり軽装鎧姿(魔術師だけど鎧を着用)を雨でびしょ濡れにしながら、右手で山道の前方を急に指差した。
この三人(孝治、友美、涼子)がいなければ、物語は始まらない――というものだ。
ついでに主人公である三人は、なぜこのような山の中(舞台設定は北九州市街に近い福智山の周辺)で豪雨に祟られているかの理由を説明しよう。これはいつもどおり、未来亭の黒崎健二{くろさき けんじ}店長の依頼を請け、近くの貴族の屋敷に届け物を持っていっただけ――の、簡単かつ単純な仕事だったわけ。
戦士を稼業としている割には、要するに『子供のおつかい』程度のアルバイトであった。ただし店長からもらう報酬にけっこうな色が着いていたので、孝治はふたつ返事で引き受けたのだ。
そのような経緯はともかくとして、孝治もすぐに気がついた。自分たちの前方に、中ぐらいの大きさである一軒家の木造丸太小屋があることに。
「助かったっちゃ☆ あの小屋でひと晩泊ることにするっちゃね✌」
孝治はわずか一秒で、頭の中にて今後の対応の仕方を決定した。
「うん、わかった✋✊」
『まあ、あたしも賛成やね♪』
友美と涼子にも、当然過ぎるほどに異論はなかった。三人は走るスピードをさらに速めて(おっと、涼子は空中浮遊)、大急ぎで木造小屋まで一気に駆け込んだ。 (C)2016 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |