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『剣遊記 閑話休題編V』

第一章  一角{ユニコーン}の新人さん。

     (13)

 なんだかんだとあったものの、これにて新人紹介は、一応終わった模様。黒崎と勝美は二階の執務室へ戻り、給仕係たちと綾香はそのまま厨房に残って、早速仕事の研修に入っていた。

 

 孝治はこのときになって気がついた。

 

「うわっち? 熊手さんもいっしょおったんやねぇ☛」

 

 見れば――と言うか、給仕長である熊手尚之{くまで なおゆき}氏も、紹介の場に同席していたのだ。ところが彼の同席に今ごろになって孝治も気がついた理由は、熊手が存在感のオーラを、まったく発していなかった――に尽きるだろうか。

 

 しかし孝治の驚きなど、まずは関係なしのご様子っぷり。熊手はひょうひょうとした態度のまま、定位置である自分の居所――酒場のカウンターに、当然のごとくで戻っていった。このままきっと、ストーリーにも絡まないだろう、たぶん。

 

「じゃ、おれたちゃ帰るっちゃね

 

 とにかくとりあえずの話は終わったようである。孝治は友美と涼子を連れ、自分の部屋に戻ろうと、階段の方向に足を向けた。

 

「ねえ、部屋に帰る前に、風呂でも入らんと?」

 

「おっと、忘れるとこやった

 

 友美のひと言で、孝治はこれまた足の向かう先を変えた。確かに簡単な用件だったとはいえ、仕事から戻ったばかりの身なのである。ここらで埃のひとつも洗い流したい――と言うものだ。

 

「やあ、孝治も帰っとったとね☀」

 

「うわっち?」

 

 このとき突然の声でうしろに振り返ると、そこには孝治と同年代である、黒衣の青年が立っていた。言わずと知れた、孝治の同期で友美と同業の魔術師である牧山裕志{まきやま ひろし}であった。

 

「な、なんね……裕志も帰ってきとったと?」

 

 孝治は裕志に軽く挨拶を返したが、実は内心でのドキドキが、突発的に発生していたりもする。なぜなら裕志がここにいる――ということは、当然背後に黒幕が存在するはず――なのだが。

 

 孝治はツバをゴクリと飲みながら、裕志の周辺をキョロキョロと見回した。

 

 幸いなのか。それとも単に、まだここにいないだけなのか。黒いサングラス😎の影は見当たらなかった。

 

 孝治は内心の冷や汗😅を外から感じられないようにして、気丈な振る舞いを見せて裕志に尋ねてみた。

 

「……あれ? せ、先輩はおらんと?」

 

 裕志はニコやかに微笑みながらで答えてくれた。

 

「先輩やったら、今回の旅の途中で別行動になったっちゃよ♐ 実はぼくだけ、家の用事で早よ帰らせてもろうたんばい

 

 これは孝治にとって、意外な話でもあった。

 

「荒生田先輩が裕志の単独行動ば許すなんち、おれは初めて聞いたばい☢ なんか先輩とあったとね?」

 

 しかし裕志も、孝治の問いには頭を横に振るだけだった。

 

「さあ? ぼくも先輩があっさり先に帰ることば許してくれたんで、正直不思議な思いがしとるっちゃね☹ まあ先輩かて、たまにはひとり旅ばしとうなったんやろっかねぇ?」

 

 孝治はここで右手の手の平を前に出し、裕志の話を止めさせた。

 

「そう言うことにしとくっちゃね 世界平和のためにやねぇ☻」

 

 孝治と裕志の先輩である荒生田がいったいなにを考えているかなど、やはりいくら頭をひねっても、まったく思い当たらなかった。

 

 こうなれば結論はただひとつ。

 

「ま、ほっとくっちゃね、先輩んこつは☠」

 

 孝治の考えはこれ以上、深追いせんほうがええ――に尽きていた。


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