前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記\』

第五章 瀬戸内海敵前上陸戦!

     (5)

 海賊の捜索船団が、鬼ヶ島の岩場に接岸した。

 

 そこは桟橋などのきちんとした港の設備が皆無なので、海に慣れている海賊たちでも、上陸を慎重に行なっていた。つまりが岩に木の杭を打ち込み、それをロープで繋いで船を固定させるのだ。

 

 その作業の様子が、ずっと沖に停泊している漁船からも、まるで手に取るように見えていた。

 

「さあ、着くには着いたきに⛑」

 

 岩場で焚かれている海賊たちの篝火{かがりび}を遠方から眺めつつ、老漁夫が帆柱に上目遣いの口調で言った。同じ光景を眺めている帆柱は、両腕を組んだまま、老漁夫にむしろ静かな言い方をして応えた。

 

「とは言え、海賊どもがあげん海岸でたむろばしちょったら、正面からの上陸は無謀に尽きるばい⚠」

 

 帆柱は山賊との戦いに限れば、言わば手だれの男である。理由は山賊との戦いのほとんどが、キャラバン{商隊}護衛の性格上、常に奇襲攻撃を受ける場合が多い。そのために山岳などでの戦闘方法を、帆柱は熟知しているからだ。

 

 帆柱はこの経験の積み重ねによって、奇襲の手段や方法を学び取っていた。だから今回の海賊戦でも、まずは奇襲攻撃を行なうよう、最初に孝治たちと話し合ってもいた。

 

 その理由は以下のとおり。孝治や永二郎たちによる海底探査のおかげで、沈められている船舶の中に、死体がひとつも無いことがはっきりした。つまり船員たちは皆、島のどこかに監禁されていると考えるべきなのだ。そのため奇襲によって海賊どもに対処の暇を与えないように先制しないと、囚われの船員たちが人質にされる恐れがある。そうなったらもはや、最悪手も足も出せないお手上げの状態となってしまうだろう。

 

「俺としては島の南岸の崖ば登って、そっから奇襲ばかければどうかっち考えとったとやが……⚤」

 

 孝治たちの潜水中、老漁夫が知る限りの話で島の地形を推察した帆柱は、そのような作戦を練っていた。ところがそれに、老漁夫は異を唱えたという。

 

「崖からの襲撃は奇襲の定番じゃけんど、逆に危険も大きいやな☢ だいいちあんたの体型じゃ、崖登りはめんどい(香川弁で『むずかしい』)やろうて☃」

 

「不得意なわけでもなかっちゃが……痛い所ば突かれたもんばい☻」

 

 老漁夫からの指摘を受けた帆柱が、ここでケンタウロスである自分のうしろ半身を振り返った。平地での戦ならともかく、また山岳戦も数多くこなしているとは言え、自分の体型を確かに不利と感じた経験も、一回や二回ではなかったはずである。

 

「それよりわしに、考えがあるきん☛」

 

「考えやと?」

 

 帆柱が老漁夫に顔を向けた。

 

「それはこれじゃきに☟」

 

「うっ! こ、これは!」

 

 老漁夫が狭い船室にある机の引き出しから引っ張り出した物に、帆柱は思わずその目を奪われた――と、あとで孝治は友美から聞いた。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system