『剣遊記13』 第三章 空のバカンスは嵐を呼んだ。 (15) お見合いの会場は、飛行船の船首にある、広大な展望室だった。
ここは操縦室の上の階に設置をされ、前方二百七十度(三百六十度の四分の三)の窓ガラス(強化ガラスだと言う)に広がる空のパノラマが、まさに絶景中の絶景となって視界に写っていた。
見合いの会場の中央には大きなテーブルが用意され、飛行船の中でありながら、豪華な料理がズラリと並んでいた。
「うわっち! 凄かぁーーっ☆☆☆」
「見たことない、すっごいお料理さんですうぅぅぅ☆☆☆ 千夏ちゃん、とてもぉ全部食べられませんですうぅぅぅ☺☻☹」
孝治と千夏はそろって、瞳を大きく開ききった。なにしろ並んでいる料理が、七面鳥の丸焼きやら海亀のスープやら、その他もろもろのオードブル。さらに見たことも聞いたこともないような、海外のフルーツもたくさん用意されていた。
「ちょっと、孝治……はしたないっちゃよ☹」
「うわっち! いっけね! 今おれって淑女やったっちゃね☻」
友美から注意をされ、孝治は今さらながらに自覚をした。さすがにこのような赤いドレスのレディー姿でいれば、孝治自身にも品格と礼儀を大事にしないといけない意識がめばえるものだ。そこを急に思い知り、孝治はテーブルに乗り出していた自分の身を、慌てて後方へと引き下がらせた。
千夏は相変わらず、豪華料理にはしゃぎっぱなしであるが。ついでに記せば、彼女の足元には例のミニチュア・ダックス・フンド型のケルベロスがいた。
わんわんわん!
「はぁぁぁぁい💛❤♡ ヨーゼフちゃんもぉ、いっぱいいっぱいお食べになりますですうぅぅぅ☆☀☆」
千夏はなんと、清潔が最も大事とされている場所に、禁断のペットを連れていきているわけ。しかし当主の若戸は、実に鷹揚だった。
「はははっ☀ きょうは料理長に腕を奮わせて、彼自慢の料理を作っていただきましたとです☺ ヨーゼフが喜ぶのも当然ですけねぇ✌」
テーブルの中央の席に着いている若戸が、孝治と千夏に顔を向けて笑っていた。彼の右横ではメイドの女性が、引きつった顔をしているというのに。なお、孝治はこのときになって気づいたのだが、テーブルには美奈子や黒崎たちがとっくに、指定されたであろう席に腰を下ろしていた。
まず長いテーブルの片方――船首から見て左側に、美奈子を中心にして左に黒崎と勝美。右には千秋と千夏。さらにその両端を、孝治と友美と秋恵が座るようになっていた。つまり孝治はテーブルの一番右端。友美と秋恵は左の端だった。
対する若戸なのだが、彼はなんとひとりで、船首から見て右側の席の中央に、堂々として席に着いているのだ。
なんだか変な感じのする配置の仕方なのだが、完全にひとり対八人の向かい合わせ型。あの執事――星和という初老の人も、現在のところ展望室にはいなかった。
テーブルが凄く長い形式の理由もあるのだが、これでは孝治と友美、秋恵の三人は、まったくの蚊帳の外状態だとは言えないだろうか。
「ますますおれたちが、お見合いに付き合わされちょる理由がわからんちゃねぇ☹ それに友美とあげん離れ離れにされちもうて、いっちょも話ができんちゃよ☢」
右の端っこに改めて座り直してから、孝治はグチグチとつぶやいた。すぐに千秋から、きついひと言をいただく結果となった。
「ネーちゃん、ちとうるさいで☠ ちったあ静かにしや⛔」
「わかっちょうって⚠」
年下の小娘(と思っている)――千秋から注意をされたので、孝治はますます不機嫌な気持ちになった。 (C)2015 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |