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『剣遊記X』

第三章 旅は三角関係と共に。

     (16)

「おい! 村ん方向はほんなこつ、こっちん方向でよかっちゃろうねぇ♨」

 

「たぶんそうっち思うっちゃよ☁ 太陽の方角だけが頼りで行きよんやけどねぇ……☂」

 

 孝治の尋ね方も乱暴だが、答える裕志も、珍しく反抗的だった。

 

 ふたりは仕方なく、うろ覚えの記憶で山道――というより獣道をたどって、元の温泉まで戻ろうとしていた。しかしいかんせん、ここは初めて訪れた、北関東の山の奥地。太陽の方角による東西南北以外、道しるべとなる目印が、まったく存在しない状態であった。

 

 たぶん涼子がこの騒ぎを友美に伝え、それから村で捜索隊でも出してくれたら良いのだが――孝治は先ほどから、そのような他力本願的な希望を、(丸出しの)胸に抱いていた。しかしそれはそれで、あまり発見されたくない状況でもあった。

 

 なにしろ、自分たちの現在の状態が、状態なだけに。

 

「今、太陽があの位置やけ……村はきっと、こっち……っち思うとやけどぉ……☁」

 

 魔術の学校で教わったであろう方位術を、必死に思い出している様子。そんな裕志の先導で、草木の中をかき分けながら進むふたり。このような列順であるからして、うしろからついて行く孝治には当然、裕志の貧相なお尻が、思いっきり丸見えの有様だった。

 

(うぜえケツしとうっちゃねぇ☠)

 

 口では言えない、孝治のウンザリ気分。もっともこの順番は、裕志自身の希望なのだ。なぜなら孝治は、初めはさすがに責任を感じ、自分が先頭に立っていた。ところが裕志が真っ赤な顔になって、いきなり順番を入れ替わったのだ。

 

しかも鼻血を噴き出しながらで。

 

「わぷっ! や、やっぱぼくが前に立つっちゃよ!」

 

「うわっち! どげんして?」

 

「と、とにかくぼくが前に立つけ!」

 

 この裕志の狼狽ぶり。孝治の頭に、すぐにピンときた。

 

(ははぁ〜〜ん☆ 裕志んやつ、おれの裸に興奮したっちゃね♐ でも確かにおれの背中とお尻がもろに目の前やけねぇ……そん気持ち、わかるっちゃよ✌)

 

 さらにピンときたついで。再び裕志をからかいたい衝動が、孝治の(けっこう大きめである)胸に込み上げた。

 

「それんしてもこげんときって、男はよかっちゃねぇ〜〜☠」

 

「お、男が……どげんかしたと?」

 

 裕志が振り返って尋ね直した。とたんに孝治の豊満な胸が、真ん丸に見開いている視界に飛び込んだらしい。

 

「わわっ! ごめん!」

 

 慌てて前に向き直した。

 

 孝治はそんな裕志の動揺ぶりを見て、これまた愉快な気分になってきた。

 

「だってやねぇ、こげんとき男が隠すとこは、一箇所だけでよかっちゃけねぇ✍ それに比べりゃ女は胸と下ば同時に二箇所隠さないけんのやけ✌ これじゃなんかあったとき、すっごう不便ばい、ほんなこつ☠ やけん、もし怪物なんかが出たら、そんときは魔術でおれば、ちゃんと守ってや☆」

 

「そ、そげんこつ言われたかてぇ……ぼくかて片手んまんまやったら、魔術ば使いにくいっちゃけどぉ……☃」

 

 世にも情けない言い訳で、裕志が言葉を返してきた。これも小心魔術師の面目躍如な場面――とは言えないだろうか。

 

 言えねえだろうなぁ💀


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