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『剣遊記13』

第一章  天才魔術師のお見合い。

     (1)

「お兄はん、どちらからいらっはったんどすか?」

 

 まだ幼い天籟寺美奈子{てんらいじ みなこ}の瞳の前に、ひとりの少年がまるで行き倒れのようにして、道の上でうつ伏せの格好となっていた。

 

 このとき美奈子、御年六歳。幼くして魔術の才能を認められ、名のある魔術師の下で、一から修行を始めたばかりの日々であった。

 

 見たところ、少年は美奈子よりも、三つか四つくらいの年上のようだった。だからと言って、完全に子供の年齢なのだが。

 

「お兄はん、どこか体の塩梅{あんばい}がよろしゅうないんどすか?」

 

 美奈子はもう一度、青い上着を着ている道路上の少年に、心配の声をかけてみた。

 

返事はすぐに戻ってきた。

 

「み……水ば……くれんね……☠」

 

 少年のセリフは、美奈子のだいたい予測どおりだった。美奈子も速攻で、少年に返事を戻した。

 

「お水くらい、お安い御用どすえ♡ 少々呪文を言わせてもらいますさかいに✌✍ それとお兄はん、九州のお人どすな✐」

 

 美奈子は少年の言葉遣いで、彼がここ関西ではあまり耳にしない、九州弁であることに気がついた。年齢わずか六歳にして、美奈子はすでに多くの知識を、師匠から伝授されているのだ。

 

 このとき倒れている少年が、美奈子にある質問を尋ねた。道路に寝そべったままの格好で。

 

「ま、舞妓はんですか……?」

 

 美奈子は頭を横に振った。

 

「ちゃいまんのや✄ 確かに『どす』言葉なんかよう使っとんのやけど、これはうっとこが舞妓もやっとうもんやさかい、多少習いごとで身に付いたんどすえ☻ そないなことよりあじもしゃしゃりもあらへん魔術のお水なんどすけど、そこんとこはご堪忍してくれまへんやろっか☺」

 

 六歳にして美奈子の口調は、充分以上で大人じみていた。そのため、そこの部分が成長し過ぎていて、容姿の割に可愛い気が少ない――などの酷評も、近所の大人たちから頂戴していた。

 

 しかしそのような些細な評価(?)など、美奈子はまったく気にも懸けなかった。その気にしない性格と心持ちのまま、美奈子は一心不乱で呪文を唱えた。少年にはわからないだろうが、空気中の水分を凝縮させ、地上にささやかな雨を呼ぶ魔術である。

 

 それから一分もしないうちだった。少年の仰向けになっている顔の上に、小さな雨雲が発生した。それもふつうならば空の上でよく見るような、どんよりとした灰色の雲の塊――であった。


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