『剣遊記U』 第五章 鉱泉よいとこ。 (8) 「こんの野郎ぉっ!」
孝治は渾身の力を込めて、両手で握った愛用の中型剣を振り下ろした。
その効果はテキメン。正面から飛びかかってきたグールの頭がい骨がグシャッと気色の悪い音を立て、見事真っ二つに割れ散った。
到津が警告を言ってくれたとおりとなった。山道に入って間もないうちから、グールの大群が森のあちらこちらから、体のほとんどが腐りかけ、なおかつ強烈な悪臭をばら撒きながら、そのおぞましい姿を現わしたのだ。
参考までに解説をしておこう。グール{食屍鬼}とは、この世に妄執を残して死んだ邪{よこし}まな人間が、死後も自分自身の遺体にその怨念を憑依させ、自在に動けるようになった怪物――アンデッド・モンスターである。従って彼らの習性は邪悪に満ち、生きている者を見つければたちどころに襲いかかる、真に厄介な困り者的存在なのだ。
「ほら、ワタシ言うたこと、間違いなかたあるね☀」
「自己満足しちょる場合けぇーーっ!」
この期に及んで、やや自慢げな到津に向け、孝治はグールと戦いながらで絶叫した。
もちろん孝治だけではなく、到津と秀正も、持っていた短剣でグールに応戦中。裕志と友美は『浄化』の魔術で、グールどもをただの土塊{つちくれ}に戻していた。また、涼子は戦場から離れ、空中から高見の見物――もとい、今や得意技となっているポルターガイスト{騒霊現象}を発動させ、地上の孝治たちを援護した。その方法は空中からの岩石落としや、大木をバキバキと、グールたちの頭上へ倒す戦術であった。
『孝治と友美ちゃん以外に気づかれんよう手助けするなんち、けっこうむずかしいんよねぇ〜〜☂☃』
戦いのあとで孝治は、このような愚痴を涼子から言われ続けた。実際に幽霊はとっくに死んでいる体質(?)ゆえに、どのような無茶ブリでも可能なはず。しかしそれが逆に、唯一の足枷{あしかせ}にもなっているのだろう(幽霊にも足がある!)。だから次のようなため口さえも、ついしみじみとつぶやいてしまうようなのだ。
『いつか孝治からあたしんこつ、みんなに紹介してもらうて、堂々と活躍できるようにしてもらうっちゃけね♥♡ あたしいつまでも日陰者{ひかげもの}なんち、いっちょんつまらんのやけ♠♣』
これら各員の奮闘の一方で、戦士としては一流の腕前を誇ると孝治も認めている荒生田(人格は別にして✄)。彼は今や、まさに水を得た魚のごとくであった。
「オレにさわんやなかぁーーっ! こん死に損ないモンどもがぁーーっ!」
まるでバーサーカー{狂戦士}のごとく縦横無尽豪快に剣を振り回し、当たるを幸い、グールどもをバッサバッサと薙ぎ倒していった。
「オレがてめえらば冥土{めいど}に送り直してやるけぇ、おとなしゅうそん首、オレん前に差し出せやぁーーっ!」
グールの両手の爪には、生きている者の体を痺{しび}れさせる猛毒が仕込まれていて大変危険なのだが、それすらもまったくのお構いなし。さらに説明を続ければ、グールは頭さえ潰せば、簡単に動かなくなるのだ――が、荒生田はそれだけでは飽き足らないご様子。グールの両手両足、おまけに胴体までも、ズタズタに砕きまくっていた。
これでは孝治も、荒生田の所業に呆れる――というものだ。
「先輩、あんましやり過ぎたら、あとで飯が食えんようになりますっちゃよ☠」
「ゆおーーっし! わかっとうって!」
よけいなお節介を承知している孝治の忠告も、今の荒生田には『やっぱり✄』で、全然通用しなかった。
けっきょく戦闘は、このあと昼過ぎまで続いた。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |