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『剣遊記\』

第一章  岸壁の給仕係。

     (7)

 場面戻る。

 

 ここで由香の本心を明らかにしよう。裕志は荒生田によって、いつも拉致同然に旅へ出ているので、由香自身は長い間彼氏と会えない状況に、言わば慣れっことなっていた。それよりも先ほど顔が赤くなった理由は、桂の彼氏である永二郎にあったのだ。その理由はたった一度の過ちとはいえ、永二郎に自分の裸を見られてしまった苦い過去がある――に尽きていた。

 

 もちろん由香は、自分から進んで、桂の彼氏に裸を公開したわけではなかった。また、同じ場所に桂もいたので、偶然の不幸な遭遇を不可抗力による事故だと理解され、変な誤解を受けずに済んでいた。されど、それでも由香にとっては、早く記憶から消去をしてしまいたい、生涯最大の痛恨事であった。

 

 そんな昔の失敗を思い出して顔を赤くしたのだが、幸い孝治と友美(おまけで涼子)は、そのような騒動があった話自体を知らないままでいた。だからこのまま、話を裕志の方向へ振っておいたほうが、実は由香にとっても都合が良いのである。だからここで妙に力を込めて、由香が孝治に同調するという話の展開も、本当に無理のないものと言えるだろう。

 

「そ、そうっちゃよ! 裕志さんんは早よ帰ってきてほしかっちゃけど、荒生田先輩なんちグラグラこくだけやけ、どげんだっちゃよかばい!」

 

 このように由香が強調する理由は、永二郎に裸を見られる原因を作った真の加害者こそ、当の荒生田その人であるのだから(剣遊記Uを読んでください☆)。

 

「……そ、それはそうとしてぇ……桂ったら、遅いちゃねぇ……♋」

 

 あまり会話が長引くと、話がそれこそ自分自身の恥ずかしい過去へと及びそうである。ここで由香がわざとらしく、店の正面出入り口に瞳を向けた。

 

「船が予定どおりやったら、もうとっくに帰ってきたかてよかっちゃのにねぇ……☹」

 

「まさか、永二郎の船が沈んじまった……なんち、言わんちゃろうねぇ☻」

 

「孝治っ!」

 

 他愛のない冗談だったつもりの孝治を、友美が激しく叱責してくれた。

 

「たとえ悪気がのうたかて、そげんこつ言うちゃあ駄目っちゃよ! 縁起が悪いったらありゃしないなんやけぇ♨」

 

「わ、わかったっちゃよ☢ 今のは取り消し!」

 

 友美の真面目な剣幕で、孝治は思わずタジタジとなった。もちろん孝治自身は、本気で冗談(矛盾している言葉)のつもりだったのだけど。

 

 とにかく永二郎が乗船している船は、孝治と友美と涼子も乗った経験があるのだが、これが沈むなどとはとても考えられないほどの大型帆船なのだ。しかも建造をされてまだ日が浅く、遠洋航海にも充分に耐えられる剛健な船でもあった。

 

「あんときんこつばよう覚えとうっちゃけど、あげん頑丈にできちょう立派な船やけねぇ✌ やきーどげな嵐ば来たかて、絶対沈んだりせんけね♪」

 

『それもそうっちゃねぇ〜〜☺』

 

 孝治の罪滅ぼし的な力説に、涼子も同感した感じでうなずいていた。

 

 そこへバタンッッと、いきなり大きな音がした。

 

「うわっち!」

 

 孝治は驚いて、音の方向に顔を向けた。そこは店の正面出入り口だった。


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