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『剣遊記 番外編Y』

第一章  女盗賊への弟子入り志願。

     (18)

 律子と秋恵がお互いを紹介し合っているのと同時刻。

 

「やあ、待たせてすまんがね。ちょっと他にも用があったもんだから」

 

 黒崎が自分の職場である二階の執務室に戻ったとき、部屋のソファーには、ふたりの人物が座っていた。それもメガネをかけている中年と、若い男性であった。

 

「店長、遅かですよ☹ こん方たち、もう小一時間もざっとなか感じで待っとりましたとですよ☕」

 

「なにしろ今は、新人の就職志望が殺到するシーズンだからねぇ。それにひとりひとり対応するのが大変なんだがね」

 

 早速秘書の光明勝美{こうみょう かつみ}から、お叱りのひと言をいただく始末。黒崎は部屋の中で宙に浮いている彼女に向け、苦笑いを浮かべて応えてやった。いつもどおり勝美は、背中の半透明アゲハチョウ型の羽根をパタパタさせ、部屋の中を空中遊泳しているのだ。

 

 彼女がピクシー{小妖精}だという説明は、もう省いてもよいだろう。それよりも問題は、黒崎が待たせていたという人物である。

 

「ぬわはははははははははっ☆☆☆ このうわたくしを一時間もの長きに渡って待たせておいでるほどとは、黒崎クン、チミもなかなかのどえらぁ出世頭よのう☀☁☂☃」

 

「ま、まあ、やっぱり一時間は申し訳ないがねぇ☻」

 

 口調こそ控えめなものの、それでも黒崎には一応、『待たせてすまんがね』の礼儀があった。ところが反対に、待たされたと言うほうは、これがまるで、セリフに気配りのカケラも感じさせない男。勝美もこのメガネ中年の大笑いには、少々顔をしかめている感じでいた。

 

 なお、ソファーに腰掛けているふたりの内、もうひとりは思いっきりにおとなしくしていた。しかも部屋の主{あるじ}である黒崎と同様、青い背広姿に赤いネクタイ装着の、きちんとした服装。対して彼の右側に座っている大笑い男は、別に寒い季節でもないのに、黒いマント風の異様な黒衣を着用。頭はなんと申すべきなのか、薄め――要するに前のほう(おでこ)が、かなりに後退気味となっていた。それでいて、かけているメガネもまた黒縁が厚く、まるで牛乳瓶の底がふたつ並んでいるようなシロモノだった。

 

 つまりが変な格好の変な野郎。だが黒崎は、この奇怪なる人物を前にしてもなお、日頃の紳士的振る舞いを、微動だにもさせなかった。それどころか。なつかしい昔の友人と出会ったかのように、親近感をにじませながらで応じ返すのみ。

 

「まあ出世はとにかくとして、こうして君とひさしぶりに会えたんだから、積もる話もたくさんありそうだがね。勝美君、なにかお茶でも持ってきてくれたまえ。それとふたりとも、もっとゆっくりとくつろいでくれたまえよ」

 

「はい、店長♡」

 

 勝美が羽根をパタつかせ、執務室から一階の厨房のほうへと飛んでいった。


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