『剣遊記15』 第五章 暗雲めぐる太平洋。 (6) 「孝治はん、覚えときなはれや☹ このあほらし仕打ち、いつかきっとせっしょーなくらいにお返ししますさかいにな✊」
実に美奈子らしい、高飛車な恨み言だった。
「うわっち!」
そのとたん、孝治の背中に冷たい戦慄が走った。彼女がけっこう執念深い性格なのを、それなりに知っているばかりに。ついでながら美奈子はそのまま、マッパで自分の部屋に戻るのかと思ってもいたのだが、やはり彼女はふつうと違っていた。全裸仁王立ちのまま、なにやら呪文を唱え、自分の体をピカッと発光させたのだ。
「うわっち! またけえ!」
また白コブラに化けて、早速の仕返しけぇ――かと考えて身構えたのだが、孝治の予測は半分当たって半分外れた。
「うわっち?」
孝治は見た。確かに美奈子は、またもや白いヘビに変身した。ところが今回はどう言う風の吹き回しなのか、白いいつものコブラではなかった。
「……ふ、ふつうのヘビじゃん♋ ちょっと大きめの、ニシキヘビみたいっちゃけどぉ……♋☞」
孝治は『やや』ながら、拍子抜けの気分となった。なぜなら今回の美奈子は同じヘビ類とはいえ猛毒のコブラではなく、七、八メートルはありそうな感じの大蛇――ニシキヘビ(だと思う)に変身したのだ。
もちろん彼女の趣味自体に変わりはなし。全体が白一色の、アルピノ種のようであるが。
とにかくおかげで、孝治は持病である『毒蛇恐怖症』の再発とはならなかった。
「……じ、自分でも不思議に思うっちゃけど、毒ヘビでなかったら、どげなそーとーデカいヘビが出たかて、いっちょも怖いっち思わんのやけねぇ♾ ほんなこつおれっちいつか病院で、本格的な精神鑑定ばしてもらいたいくらいっちゃよ⛐」
なんだか訳のわからない思いにかられてきた孝治を尻目に(ヘビだから、どこが尻の部分か、わかりにくい)、白い大蛇――ニシキヘビバージョンの美奈子はゆうゆうと、孝治ひとり残った部屋から、迫力たっぷりに退出していった。
当然床をズルズルと這いずりながらで。
まあ、美奈子が好んでヘビに変身するくらい、この船に乗っているメンバーのほとんどは、もうとっくに慣れっことなっているだろう。
「心配なんは、蟹礼座さんがトイレっとかで起きて、今の美奈子さんに会わんよう祈るだけっちゃね☢」
幸いにして、このあと無事に朝を迎えられたので、孝治の心配は杞憂で終わってくれたようだ。それでも孝治は、自分が寝に戻る前に、もうひと言を忘れなかった。
「で……美奈子さんの変身魔術、凄いっちゃ凄いとやけどぉ……相変わらずいっちょも意味が無かっっちゃよねぇ☠」 (C)2018 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |