『剣遊記番外編U』 第五章 剣豪伝説の曙。 (4) 放浪のエルフの吟遊詩人――二島を乗せた定期連絡船が、大阪南港から九州に向けて錨{いかり}を上げた。
岸壁には、板堰と千恵利のふたりが残された。
つまり、今のところ大阪市に留まっているふたりであるが、次の行く先は――未定。
「で、とりあえずなんやけどぉ……これからほんま、どこ行くつもりや♡」
妙な可愛げ声で尋ねる千恵利に、板堰は目線を、大阪港の沖合いに向けたままで答えた。
「まだ決めとらんけのー☻ なんぼーにも、このまま西に行くんも良し☜ 東に行くんも良し☞ どこ行っても日本の東西南北に変わりはせんのじゃけー☝☟」
「あたしかて守くんが行くとこやったら、どこだって行くつもりやでぇ♡」
板堰の右腕に甘えるようにして、体をしなだれさせる千恵利の仕草が、もはや孤高ではなくなった戦士を苦笑させた。
「相変わらずなんじゃが、でーれーらしくねえ魔神じゃのぉ、千恵利は♥」
「守くんかて、戦士らしゅうない優しい人やない♡」
「わしが優しいけ? 嫌がるおまえを無理に使こうて、アンデッドどもを斬り捨てさせた、このわしがかのぉ?」
「そやかて、それで結果的にアンデッドを元の安らかな眠りにつかせたんやけ、やっぱ優しい人やで、守くんは♡」
「そげー風になるんかのぉ……☻」
会話がここまで到れば、もうムキになって否定する気にもなれないもの。こんな自分は、やはり以前とは違ってしもうたんじゃろうか? 板堰の疑問に答えられる者は、彼自身と千恵利のみであろう。
「で、これからどうすんねんな?」
再度、同じ質問を繰り返す千恵利に、戦士はただひと言だけをささやき返した。
「……ちーとの間でええんじゃが、このまま見ていたいのぉ……☯」
「このまま? なんを?」
「ふたりで、海を……じゃ⛵」
このとき戦士の右手に握られていた物が、岸壁からポチャンと海に落とされた。
「……今、なんか捨てへんかった?」
音で振り向いた千恵利に、板堰は沖を見つめたままで応えた。
「……もう、要らんようなったモンじゃ……✊」
「要らんようなったモン?」
岸壁の上から海面を見下ろす千恵利であった。しかし、いくら彼女が魔神であっても、海の底深く消えた物は、もう見えるはずもなかった。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |